日本人は着物文化が続いてきたせいか、長い間、帯止めや髪飾りが装身具の定番でした。
ダイヤモンドなどを用いたジュエリーが一般的に身につけられるようになるのは、近代になってからのこと。
日本人とダイヤモンドの関係は短期間で大きな変化を遂げ、ダイヤモンドの婚約指輪が定番になっていきます。
日本において、西洋的なジュエリーへの関心は、指輪から始りました。指輪は和装に合わせやすかったため、日本文化にも早くから取り入れられたのです。
1860年代になると、一部の上流階級の人たちの間でジュエリーの認知度が徐々に高まり、ファッションとして身につける女性の姿も少しずつ見受けられるようになってきます。
1883年の明治政府による鹿鳴館の落成により、男性だけでなく女性たちの間でも西洋化が進むことでダイヤモンドジュエリーが富裕層に広まりました。
1890年台頃になるとダイヤモンドを身に着けた女性像や、豊かさの象徴としてダイヤモンドをとりあげる小説などが続々と現れるようになります。代表的な作品が尾崎紅葉の恋愛小説「金色夜叉」です。
明治20年代になると、新聞や雑誌などにもダイヤモンドなどのジュエリーの広告が見うけられるようになってきます。しかし当時はほとんどが輸入物でした。、ヨーロッパに出向して購入するか、注文を受けた宝石店が海外から取り寄せるというのが主流でした。
日本国内の素材や技術に目を向けることから誕生したジュエリーショップも誕生します。1904年には結婚指輪(マリッジリング)の習慣が取り入れられはじめたばかりの日本で、いち早く結婚指輪を売り出しはじめたのもこういったジュエリーショップでした。
欧米に比べると、日本におけるダイヤモンドやジュエリーの歴史は、きわめて浅いものです。しかしそんな短い間にも、信じられないくらい斬新な作品や、日本独自の技法なども生み出されていきます。
1941年から始まった太平洋戦争は、日本におけるジュエリーの歴史にも多大な影響を与えました。戦前に作られた数多くのジュエリーや、独自の技術を持った職人たちが、この時期に姿を消すことになります。
特別な想いを形にした婚約指輪として用いられるようになったのは1970年台以降のこと。硬く変質しにくいというダイヤモンドの特性は「永遠の愛」を、白い輝きは「花嫁の純粋さ」をイメージさせるとして、日本人にも広く受け入れられたのです。
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